「ボルベール」は、事前に仕入れた情報によると、カンヌ映画祭で最優秀脚本賞と最優秀女優賞を受賞し、各映画賞を席巻しているとのこと。
事前情報ナシの状態で、さぁ早速見てみようっと...。
ストーリーは、公式サイトによると次の通り。
失業中の夫の分まで働き、15歳の一人娘パウラの母親の役目を果たしながらも、明るくたくましく生きるライムンダ。すぐにかっとなる気性の激しさが唯一の欠点だが、いつも生き生きと輝いている。そんなライムンダに、ある日2つの死が降りかかる。
娘のパウラが「本当の親じゃないから」と関係を迫ってきた父親を、包丁で刺し殺してしまったのだ。パウラを守るために動転してなどいられない。空き家となっていた隣のレストランの冷蔵庫に、夫の死体をひとまず隠すライムンダ。そしてその夜、ライムンダの両親が死んだ大火事のショックから病気がちになっていた最愛の叔母も、息をひきとった。
姉のソーレと隣人のアクスティナに叔母の葬儀を任せ、レストランで”冷凍品”をどうするか頭を悩ませていたライムンダは、近くで撮影している映画スタッフに店員と間違えられ、彼らに食事を提供することに。
レストランは、そのまま彼女の生活の場へと姿を変える。冷凍庫に大きな秘密を隠したまま・・・
一方、叔母の葬儀のために故郷ラ・マンチャへ戻ったライムンダの姉ソーレは、近所の人たちの奇妙な噂を耳にする。火事で死んだはずの母の姿を見かけたと言うのだ。動揺するソーレに、隣人のアクスティナは「ラ・マンチャでは、幽霊が現れるのはよくあること」だと語る。
だが葬儀を終えて家に帰り着いたとき、ソーレは車のトランクに大変なお土産が入っていることに気付く。少しやつれた母が、にこやかに現れたのだ!幽霊なのか、本物の母なのか。突然の最下位にとまどいながらも、ソーレは懐かしさと安らぎのあまり、その”母”といっしょに暮らし始める。
ソーレが、母の存在をライムンダに伝えられずにいたある日、ソーレの家を訪ねたライムンダは、懐かしい母の匂いを感じる。ベッドの下に隠れた母が、おならをしたのだ。しかし母には、ある時から急に自分を拒むようになり、分かり合えないまま分かれたライムンダの前に現れる勇気がまだなかった。
ライムンダの美しさに惹かれた映画スタッフは、全撮影期間中のランチを頼み、最終日には打ち上げパーティーを開催することに。かつてオーディションを受けたほど歌が得意だったライムンダは、クルーに感謝を込めて歌声を披露。母に教えられたタンゴの名曲「Volver」の歌詞が、ライムンダの心の奥に眠る母への思慕を揺り起こす。大きな瞳を潤ませながら、見事に歌い上げるライムンダ。店の前に停められたソーレの車に隠れて、母もまた娘への愛しさに瞳を濡らしていた。
もうこれ以上、母の存在を隠すことはできなかった。母と娘の再会の時。
しかし、それはライムンダの秘密と、もっと衝撃的な母の秘密が、明かされる瞬間だった・・・
この映画に男性がメインで登場することはほとんどありません。出てきても、娘をレイプしようとして殺されてしまう人物だったりするんですよね。その男性を主人公のライムンダの娘であるパウラが殺してしまうんですが、母親がそれをかばいます。
日本の倫理観ならそれはないだろう...
たぶん自首を薦めるようなストーリー展開になっているはず...
と思うのですが、結局最後まで娘や死体遺棄したライムンダが警察に自首するというシーンはありませんでした。まぁ、自首しちゃったら火曜ワイド劇場みたいな映画になってしまいますがね
閑話休題、受け入れ難い運命を、母から子へ、子から孫へと受け継いでいっている悲しい鎖を断ち切ろうと毎日を一生懸命過ごしていくんですよね、女同士の絆で...。男にはあんまりない感覚ですよね。男だったら最後はやっぱり孤独になる。俺自身もそうだもん。信頼できる話のできる友達ってたくさんいるんだけど、一緒に笑うってことはあっても一緒に泣くってことはあんまりしないですよね、生活のちょっとしたことなんかでは...。
女性は男性と比較すると、
「生活」に対しての喜怒哀楽の「感情」を共有したり共感したりする力が強い
と思うんですよ。女性の強さってそこにあると思うんですよね。
今回登場した母と子と孫、隣人の女性(アグスティナ)や死体遺棄の時に幇助した女性などの間にある「絆」に、羨ましさすら感じました。
どこかからとんできそうだ...。
「女の世界は怖いのよ〜。」
う〜ん、それは分からんのだけれども、ペネロペ・クルスの豊かなバストが強調されたり、小便をするシーン(しかも音付き)がありましたが、それって単なるセックスシンボルじゃなくて、たくましさを感じさせるシーンだったと思います。
女性が見たらもっと実感持って見られる映画なのかなぁ...と思います。
【Spainの最新記事】




